観光地として日本人には有名なロマンティック街道のローテンブルク・オプ・デア・タウバーとドイツ木組み街道のローテンブルク・アン・デア・フルダ等の他のローテンブルクこちらからどうぞ。
チューリンゲンのキフホイザー山地にあるブルク廃墟。赤い砂岩を使用しているので赤い城となっている。 モダンに増築されたフォアブルクの奥、山の突出部にケルンブルクがあり、城壁を囲むように堀がある。ケルンブルクは卵形をしており、攻撃側部分には巨大な円形のベルクフリート。直径は12m、壁の厚さは2.7m。
1116年、もしくは1103年から1150年にかけて、クリスティアン1世・フォン・ローテンブルクによって建てられた。
ローテンブルク家が1200年ごろに途絶えた後は、バイヒリンゲン伯フリードリッヒが相続した。
シュタウフェン家とヴェルフェン家が争いをしているとき、この城は重要な役割を果たし、1212年に皇帝オットー4世軍はこの城を占拠した。
13世紀以降はチューリンゲン方伯圏となり、1300年ごろ、この城には有名なミンネゼンガーのクリスティアン・フォン・ルピンが訪れている。
14世紀からはめまぐるしく城主が変わり、1576年に最後の伯爵家が途絶えた。それ以後は放置され、廃墟となっていった。
19世紀にピクニック休憩所が設けられ、シニア雇用により維持管理が行われており、私有地らしい。
Burgruine Rothenburg
写真を見ると、かつては立派なブルクであったことが想像できます。