閉じた四翼の施設で3階建て、四方に塔がある。
起源は9世紀。ギゾー伯が城代を勤めていたが、後にチューリンゲン&ヘッセン方伯に相続されることとなる。
最初にここを治めるためのブルクが建設され、すぐに街が出来上がったとされ、それが1248年。しかし現在城塞都市の姿は完全に消えている。
1470年にヘッセン方伯ルードヴィッヒ2世がフルダを直轄し、シュロスを建てたが100年後に焼失。何度も建設しては破壊されることを繰り返した。
現在のシュロスは1540年にフィリップ大方伯が建てたもの。
フィリップ大方伯の死後、領土は4人の息子たちに分割され、ここはヴィルヘルム4世の治めることになった。1570年以降、城はルネッサンス様式となった。
1607年にモーリッツじ方伯がシュロスを完成させ、新館に滞在した。
それ以降城の姿はほとんど現在と変わらないが、強いて言えば1790年に大規模な改築があったくらい。
30年戦争後、ヘッセンは分割され、1627年以降は傍系家系に移る。
18世紀も終わりになると老朽化が目立ち始め、1789年にフランス人建築家が改修工事を行った。
1834年に傍系であるヘッセン・ローテンブルクが途絶え、ヘッセン・カッセルに戻った。
1866年にプロイセンのヘッセン・ナッサウ州となり、城はプロイセンの管理下にはいるか、個人所有のままでいるか長いこと論争していた。
1934年にはほぼ空家となっていた城を市が取得し、1945年は亡命者の仮宿舎そして使用された。
現在は博物館として使用されているほか、学校(Landes-Finanzschule)としても使用されている。